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	<title>WILD な奴ら</title>
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	<description>ＭＲ．ＢＩＧファンサイト</description>
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		<title>スタジオアルバム</title>
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		<pubDate>Sun, 09 May 2010 17:07:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ディスコグラフィ]]></category>

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		<description><![CDATA[    * MR. BIG （1989年）
    * LEAN INTO IT （1991年）
    * BUMP AHEAD （1993年）
    * HEY MAN （1996年）
    * GET OVER IT （1999年）
    * ACTUAL SIZE （2001年）
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			<content:encoded><![CDATA[<p>    * MR. BIG （1989年）<br />
    * LEAN INTO IT （1991年）<br />
    * BUMP AHEAD （1993年）<br />
    * HEY MAN （1996年）<br />
    * GET OVER IT （1999年）<br />
    * ACTUAL SIZE （2001年）</p>
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		<title>エリック・マーティン</title>
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		<pubDate>Sun, 09 May 2010 17:06:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[メンバー]]></category>

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		<description><![CDATA[エリック・マーティン（Eric Martin、1960年10月10日 &#8211; ）
＜生い立ち～MR.BIG結成前＞
ニューヨーク州ロングアイランド生まれだが父親が軍人であったため、台湾、ワシントン、カンサスと移り住み、多感な少年期はヨーロッパで過ごした。イタリアに住んでいた頃にロックに触れ、ドラマー、またシンガーとしてカバー・バンド活動をしていた。
エリックが15歳頃に一家はアメリカ・サクラメントに移住。サクラメントでのバンド活動から始め、やがてサンフランシスコの人気バンド「KID COURAGE」に加入した。この時、後に長きに渡りエリックのマネージャーを務めることになる、サンディ・アインシュタインと出会っている。
「スター気取りで素行が悪い」という理由でKID COURAGEを解雇されると、一度ロサンゼルスに移った後にサンフランシスコへ戻り、「MILE HI」に加入し、バンド名を「415」（サンフランシスコの電話の市外局番が由来）と改め活動。このバンドもサンディが担当しており、ハービー・ハバート率いる「ナイトメア・マネージメント」に所属することとなった。
エレクトラからデビューする際にマネージャーの提案でERIC MARTIN BANDと改名し、1983年に『SUCKER FOR A PRETTY FACE』を発表。AC/DCの初めてのアメリカ・ツアーや、エディー・マネー、ZZトップ、NIGHT RANGERなどの前座を務めるなどの実績をつんだものの、エリックはバンドに向上心がないとして解散を選択する。
ERIC MARTIN BANDの解散後はVAN HALEN、ジャーニーなどの大物バンドへの加入が噂されたが、どれも実現しなかった。当時同じナイトメア・マネージメントに所属していたジャーニーのギタリスト、ニール・ショーンの支援を受け、共作・共演した「I Can&#8217;t Stop The Fire」が映画「TEACHERS」のサントラに収録された（1984年）。同じくニールと共作したバラード「Just One Night」が評価されキャピトルとのソロ契約を獲得し、当時のトップ・セッション・ミュージシャン達を起用したAOR作品を制作した。
1作目の『ERIC MARTIN』（1985年）は、ニールとの共作曲を核にテンションの高いアルバムに仕上がり、アメリカでゴールド・ディスクを獲得するヒットとなった。しかし2作目の『I&#8217;M ONLY FOOLING MYSELF』（1987年）はセールスが振るわず、曲作りに関わらせてもらえなかった事でも、エリックにとって大きな不満を残す作品となった。この頃キャピトルの体制が変わり、エリックとの契約を決めた人物がキャピトルを去ったことも重なってしまい、契約を打ち切られてしまう。
＜MR.BIG結成～解散＞
1988年頃、『ERIC MARTIN』収録の「Secrets In The Dark」と「Just One Night」に参加してもらった縁もあったギタリスト、スティーヴ・ルカサーを擁するTOTOのリハーサルに参加し、正式加入を希望したが、ジェフ・ポーカロの「まだ精神的に若すぎる」という反対により実現しなかった。ソロ活動にも行き詰まり、「こんなことを冗談で言うのはきつ過ぎるかもしれないけど、ゴールデン・ゲート・ブリッジから身を投げようと思ったことだって、なかったわけじゃない」（BURRN!1990年1月号）というほどの失意の日々を送る中、早弾きギタリストの発掘で知られる「Shrapnel」のマイク・ヴァーニーを通じて、ビリー・シーンと出会い、ポール・ギルバート、パット・トーピーと共にMr. Bigを結成。アトランティックと契約し、1989年にアルバム『MR.BIG』でデビュー。ブラック・フィーリング溢れる歌声はハード・ロック、へヴィ・メタル界で高く評価され、ユニセックスなキャラクターと共にとりわけ日本でアイドル的人気を獲得した。
MR.BIG結成後も断続的にソロ活動を行っており、LYNYRD SKYNYRDやサミー・ヘイガー、パンドラ (歌手)のアルバム、アメリカの特撮映画「POWER RANGERS」のサントラ、RUSHのトリビュート・アルバムなどに参加。EUROPE、SINNER、NOKKOへの楽曲提供、Jun Senoueが手がけたセガのゲームソフトのサントラに参加など、多岐に渡る。 MR.BIGが活動休止していた1998年には、11年ぶりのソロ名義アルバム『SOMEWHERE IN THE MIDDLE』を発表。同年秋に、かつてERIC MARTIN BANDで共に活動していたドラマー、トロイ・ルケッタ（現TESLA）を含むバンドを率いて初の単独来日公演を行った。
活動休止やメンバー交代などの紆余曲折を経て、2002年2月にMR.BIGが解散。同時に、415時代からエリックのマネージャーを務めていたサンディ・アインシュタインと決別している。
＜2002年～現在＞
2002年、MR.BIG解散直後にソロ・アルバム『I&#8217;M GOIN&#8217; SANE』をポニーキャニオンから発表。日本のライターによって書かれた「Fly」がアサヒスーパードライの CMに起用され、日本のお茶の間に流れた。本作に伴う小規模の日本ツアーも行われた。同年に、「Sucker For A Pretty Face」（同名アルバム収録）や「Pictures」（『ERIC MARTIN』収録）などを取り上げたアコースティック・アルバム『PURE』を発表。
2003年、当時17歳のギター少年クリス・ウィルソンや、HAREM SCAREMのハリー・ヘス、NIGHT RANGER（当時）のジェフ・ワトソンをゲストに迎えたソロ・アルバム『DESTROY ALL [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>エリック・マーティン（Eric Martin、1960年10月10日 &#8211; ）</p>
<p>＜生い立ち～MR.BIG結成前＞<br />
ニューヨーク州ロングアイランド生まれだが父親が軍人であったため、台湾、ワシントン、カンサスと移り住み、多感な少年期はヨーロッパで過ごした。イタリアに住んでいた頃にロックに触れ、ドラマー、またシンガーとしてカバー・バンド活動をしていた。</p>
<p>エリックが15歳頃に一家はアメリカ・サクラメントに移住。サクラメントでのバンド活動から始め、やがてサンフランシスコの人気バンド「KID COURAGE」に加入した。この時、後に長きに渡りエリックのマネージャーを務めることになる、サンディ・アインシュタインと出会っている。</p>
<p>「スター気取りで素行が悪い」という理由でKID COURAGEを解雇されると、一度ロサンゼルスに移った後にサンフランシスコへ戻り、「MILE HI」に加入し、バンド名を「415」（サンフランシスコの電話の市外局番が由来）と改め活動。このバンドもサンディが担当しており、ハービー・ハバート率いる「ナイトメア・マネージメント」に所属することとなった。</p>
<p>エレクトラからデビューする際にマネージャーの提案でERIC MARTIN BANDと改名し、1983年に『SUCKER FOR A PRETTY FACE』を発表。AC/DCの初めてのアメリカ・ツアーや、エディー・マネー、ZZトップ、NIGHT RANGERなどの前座を務めるなどの実績をつんだものの、エリックはバンドに向上心がないとして解散を選択する。</p>
<p>ERIC MARTIN BANDの解散後はVAN HALEN、ジャーニーなどの大物バンドへの加入が噂されたが、どれも実現しなかった。当時同じナイトメア・マネージメントに所属していたジャーニーのギタリスト、ニール・ショーンの支援を受け、共作・共演した「I Can&#8217;t Stop The Fire」が映画「TEACHERS」のサントラに収録された（1984年）。同じくニールと共作したバラード「Just One Night」が評価されキャピトルとのソロ契約を獲得し、当時のトップ・セッション・ミュージシャン達を起用したAOR作品を制作した。</p>
<p>1作目の『ERIC MARTIN』（1985年）は、ニールとの共作曲を核にテンションの高いアルバムに仕上がり、アメリカでゴールド・ディスクを獲得するヒットとなった。しかし2作目の『I&#8217;M ONLY FOOLING MYSELF』（1987年）はセールスが振るわず、曲作りに関わらせてもらえなかった事でも、エリックにとって大きな不満を残す作品となった。この頃キャピトルの体制が変わり、エリックとの契約を決めた人物がキャピトルを去ったことも重なってしまい、契約を打ち切られてしまう。<br />
＜MR.BIG結成～解散＞<br />
1988年頃、『ERIC MARTIN』収録の「Secrets In The Dark」と「Just One Night」に参加してもらった縁もあったギタリスト、スティーヴ・ルカサーを擁するTOTOのリハーサルに参加し、正式加入を希望したが、ジェフ・ポーカロの「まだ精神的に若すぎる」という反対により実現しなかった。ソロ活動にも行き詰まり、「こんなことを冗談で言うのはきつ過ぎるかもしれないけど、ゴールデン・ゲート・ブリッジから身を投げようと思ったことだって、なかったわけじゃない」（BURRN!1990年1月号）というほどの失意の日々を送る中、早弾きギタリストの発掘で知られる「Shrapnel」のマイク・ヴァーニーを通じて、ビリー・シーンと出会い、ポール・ギルバート、パット・トーピーと共にMr. Bigを結成。アトランティックと契約し、1989年にアルバム『MR.BIG』でデビュー。ブラック・フィーリング溢れる歌声はハード・ロック、へヴィ・メタル界で高く評価され、ユニセックスなキャラクターと共にとりわけ日本でアイドル的人気を獲得した。</p>
<p>MR.BIG結成後も断続的にソロ活動を行っており、LYNYRD SKYNYRDやサミー・ヘイガー、パンドラ (歌手)のアルバム、アメリカの特撮映画「POWER RANGERS」のサントラ、RUSHのトリビュート・アルバムなどに参加。EUROPE、SINNER、NOKKOへの楽曲提供、Jun Senoueが手がけたセガのゲームソフトのサントラに参加など、多岐に渡る。 MR.BIGが活動休止していた1998年には、11年ぶりのソロ名義アルバム『SOMEWHERE IN THE MIDDLE』を発表。同年秋に、かつてERIC MARTIN BANDで共に活動していたドラマー、トロイ・ルケッタ（現TESLA）を含むバンドを率いて初の単独来日公演を行った。</p>
<p>活動休止やメンバー交代などの紆余曲折を経て、2002年2月にMR.BIGが解散。同時に、415時代からエリックのマネージャーを務めていたサンディ・アインシュタインと決別している。<br />
＜2002年～現在＞<br />
2002年、MR.BIG解散直後にソロ・アルバム『I&#8217;M GOIN&#8217; SANE』をポニーキャニオンから発表。日本のライターによって書かれた「Fly」がアサヒスーパードライの CMに起用され、日本のお茶の間に流れた。本作に伴う小規模の日本ツアーも行われた。同年に、「Sucker For A Pretty Face」（同名アルバム収録）や「Pictures」（『ERIC MARTIN』収録）などを取り上げたアコースティック・アルバム『PURE』を発表。</p>
<p>2003年、当時17歳のギター少年クリス・ウィルソンや、HAREM SCAREMのハリー・ヘス、NIGHT RANGER（当時）のジェフ・ワトソンをゲストに迎えたソロ・アルバム『DESTROY ALL MONSTERS』を発表。ポニーキャニオンからの作品発表は、本作が最後となった。</p>
<p>2004年、B&#8217;zのギタリスト、松本孝弘のTMG（Tak Matsumoto Group）にボーカルとして参加し、サマーソニック出演や日本武道館公演を含む、約一ヶ月に渡る日本ツアーが行われた。この時の日本武道館公演が、DVD『DODGE THE BULLET』として発売されている。</p>
<p>TMG後はしばらく育児に専念していた。2005年頃にFOREIGNERのミック・ジョーンズから連絡があり、FOREIGNERに加入してほしいと熱心に誘われたが、MR.BIGの復活の道を残しておきたい（そのために体を空けておきたい）、家族と過ごす時間を大切にしたい、といった理由で加入を断った。（BURRN!2009年7月号インタビュー）その後2006年頃から活動再開し、バンドを率いて南米、ヨーロッパ、オーストラリア、インドなど世界各地をツアーしており、リッチー・コッツェンとのジョイント・ツアーを行ったり、2007年2月に初ライブを行ったバンド「スクラップメタル」に参加するなどの活動を展開していた。</p>
<p>ライブ活動は活発であったものの新しい作品の発表が途絶えており、日本では表舞台から姿を消してしまったかのような印象であった。しかし2008年11月に、日本のソニーの企画によるJ-POPのカヴァー集『MR.VOCALIST』が発表され、日本の各メディアで話題となりオリコン洋楽チャート1位を獲得、折からのカヴァー・アルバム・ブームに乗り大ヒットとなった。本作のヒットを機に、ポニーキャニオン時代の3作品が紙ジャケット仕様のHQCDで再発された。 2009年3月には第二弾『MR.VOCALIST 2』（洋楽カヴァー）を発表、発売日にはTMG以来約5年ぶりの来日公演を渋谷duoで行った。観客は『MR.VOCALIST』を購入し、応募した人から抽選で250組500名が招待され、一夜限りとなったライブは同年6月にDVD『MR.VOCALIST &#8211; A SPECIAL NIGHT IN TOKYO &#8211; 』として発売された。</p>
<p>私生活では1999年頃に最初の妻・ステイシーと離婚し、2002年に現在の妻・デニースと再婚。2004年に双子の息子達が生まれている。デニースは出産前はドラマーとしてエリックのバンドに参加していた。現在はエリックの個人マネージャーとして公私共に支えている。2000年に父、2009年に母を亡くしている。長くサンフランシスコに住んでいたが、現在はサン・ラファエル在住。</p>
<p>2009年にはMR.BIGがオリジナル・メンバーで再結成し、東京のハードロックカフェで記者会見を行った。同年6月5日の札幌公演を皮切りに、オリジナルMR.BIGとしては1996年以来となる日本ツアーが行われた。</p>
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